正義超人亀有大集結(キン肉マン×こち亀コラボ作品) 感想(あらすじネタバレ含む)
この作品は今から10年前・・・2006年に「こち亀」連載30周年記念ムックの「超こち亀」に掲載されたものだ
その10年後の今年2016年に連載40周年の区切りで「こち亀」が終了したのを受けて今回WEB掲載されたのである
この「超こち亀」は他の様々な作品とのコラボが実現していたな
部長の武装お仕置き(「両津はどこだ!」の怒りオチ)がるろ剣やネウロで見れて面白かった
キン肉マンバージョンの部長怒り落ちも見てみたかったな
それにつけてもほぼ1話完結のギャグマンガで毎回毎回ネタを見つけてそれを詳細に調べて話を膨らませることを40年間も続けるなんてホントすごいことだと思う
昨今の大半のマンガに見られるストーリーを「薄めたカルピス」のように引き延ばすようなこともできないし、常に毎回毎回一話完結起承転結を求められ続けても締め切り落ちが一度もなかったって話だし
秋本治先生の溢れるイマジネーションと好奇心と多彩な趣味があってこそであり、これをマネできる人間はほとんどいないだろう
「肉萬」ではゆでたまごの中井義則先生と秋本治先生先生のスペシャル対談が実現している
普段はテレビ・雑誌等のインタビュー仕事や対談や企画の大半は社交性溢れる嶋田先生が対応している
しかしここでは珍しく中井先生がしかも1人で対談に挑むということで気になって読んでみた
読んでみると秋本先生とゆでたまご先生のご両人は結構面識もあることが窺える
昔はジャンプの漫画家先生は年末に富士山の麓のホテル一泊旅行&忘年会があって交流する機会もあった
そして全員で紋付き袴姿で写真撮影したものが新年第一号の表紙になるわけで漫画家先生の素顔が見れた
思えば表紙の顔出し撮影があるからこの年末の一泊旅行慰安会は実質“強制参加”だったはず
一般企業でも社員旅行に行かなければ欠勤扱いとされたり愛社精神がないと評価が下がったりするけど
さすがに漫画家先生たちが給与から社員旅行費が天引きされ積立されているってことはなかっただろうけど
それでも当時の先生たちはこの年末の一泊旅行が楽しみだった方が多かったみたいでよくその話を聞く
偏見かもしれないけど漫画家先生ってコミュ障や対人恐怖症な方も多そうだけどそうでもないのかな
今じゃ信じられないけどあの鳥山明先生や漫☆画太郎先生が表紙で顔出ししてたんだからすごい時代だった
今それをやらなくなったのは漫画家先生のルックスと作品のイメージの乖離によるリスクがあるからとか
イケメンがたくさんでて女性ファンが多い作品などは特にそれを求められる
そして世代的にますますコミュ障の漫画家先生が年々増えてきて抵抗感が強まったのもあるらしい
「知らない作家さんと泊まりで飲み会なんてムリですぅ~」的なね
あとは個人情報的なものも絡んできたんだろうね
顔が割れたらすぐにネットで拡散される時代になってしまっていたし
前にもこの糞ブログで触れたことがあったけど昔のプロ野球選手名鑑はすごかった
なんと選手の住所がモロに出ちまってたんだから
それどころか乗っている車や家族全員の氏名や年齢までモロ出しだったはず
奥さんの年齢まで出すんだからもう徹底してる
プライバシーもクソもあったもんじゃない
凄まじい時代であり現代じゃとても考えられない時代だった
80年代くらいまでは寝る時に窓を開け放ったままな家(それも平屋とか1F部分の)も多かった
玄関も普通に訪問者が勝手に開けて「ごめんくださーい」って呼ぶような家も普通にあった
訪問営業をしている人間にとっては夢のような時代だっただろうね
事実バブル期とも重なっていたから月収400万とか稼いでいたとか言っていたおっさんがいたっけ
オレが大学の時にバイト先でそのおっさんと一緒になってそのことを自慢のように話していた
月収400万もらってても10年くらいすればバイトしなきゃいけなくなってたってどんな人生なんだか・・・
今じゃ訪問営業はもう地獄のような時代だろう
玄関なんてどの家も施錠されているから勝手に開けて「ごめんくさーい」なんてやれば通報ものだ
どんだけ新喜劇ファンだからって許してもらえることじゃあない
インタホン押したってインタホンカメラやドアスコープで姿を確認され知らない人間なら出てきてもらえない
電話営業だってナンバーディスプレイが普及したことで知らない番号はまず出てもらえないだろう
もうこの国では個人相手の新規開拓飛び込み訪問営業は絶滅寸前と言って良いのではないだろうか
事実話を聞いてみると近年は新規開拓飛び込み訪問営業しても話ができるのは100軒に10軒あれば良い方らしい
そのうち見込みに繋がるのが1,2件
回れるエリアも人間も限られてるってのに1/100の確率で仕事してるんだから非効率にもほどがある
そして当然嫌な対応もされまくるから肉体的スタミナだけでなく精神的スタミナもどんどん削られるらしい
怒鳴られる・インタホンをブチ切られる・間違えて出てしまった場合は露骨に嫌な顔をされ・・・
酷い時は機嫌の悪いアブない親父さんが木刀振り回して出てきて追いかけられることもあったらしい
そもそも都会で今でも玄関が常に開放状態なのは教会とオープンハウスとサザエさん一家くらいなもんだろう
しかも磯野家は裏口からもキン骨マンと同じ声したサブちゃんが悠々と侵入してきて空き巣し放題だし実際空き巣に何度も入られている
でも昔はそれが当たり前だったんだろう(ほっかむりして風呂敷包背負った泥棒なんて本当に実在したのか知らないが)
ドリフ大爆笑のDVD見ていると出前とか訪問営業のコントでは当たり前のように玄関が開放されている
玄関をガラガラガラと開けて「ごめんくださーい」と高木・仲本・加藤・志村がそれぞれ別にやって来る
それに応対する家主のいかりや長介というパターンのコントがホント多いしそれが世間の風潮だったんだろう
中華料理の出前コントで仲本工事といかりやの絡みのやつなんてすごかった
コントの都合上でもあったんだろうけど仲本が勝手に茶の間まで入って来て料理をちゃぶ台に置いている
勝手に家の中にズカズカ入られてもいかりやも何も問題視せず当然のことのように接してた
結局仲本があれこれ勝手に追加で料理を部屋いっぱいに置いて10万円請求するってオチだったけど
そのネタが面白いかどうかはともかくその風潮を今見るとやっぱり驚いてしまう
玄関が開放状態なだけでも凄いってのに茶の間まで出前の配達人が入ってきちまうんだから
昔の和風の家の造りの問題もあったんだろうけどね
和風の家は玄関がガラスと木の引き戸でノックができない
その上インタホンもまだ完全に普及しきっていなかったから訪問者は自分で開けて声をかけるしかなかった
今じゃその手の住宅でもインタホンが付いているから開いていることは稀だろうけど
そもそもその手の住宅はもう都会じゃほとんど見なくなった気がする
このオレはそこそこの田舎出身だからガキん頃はそんな家がいっぱいあった
このオレ自身も近所のおともだちを遊びに誘う時はそいつんちの引き戸を勝手に開けていたもんだ
そして「○○くん、あーそーぼ」とか声をかけるわけ
そいつがいれば出てくるしそいつがいなきゃそいつのママが「ごめんね、今いないのよ」と応対する
このオレが小学生くらいまではそんな風潮が普通だった
でもやっぱり中学になって以降はそーゆーのなくなったな確かに
このオレの家は洋風で玄関はノックもできるしインタホンもあった(カメラはさすがになかったが)
でも小学生くらいまでは玄関のカギは空けていたはず
事実オレんちにもおともだちが「あーそーぼ」って呼びに来てたから
でも中学生になってくらいからオカンが「玄関は常にカギをかけておく」と言い出した気がする
だからこの「常に門戸開放」状態は地域差もあるだろうが昭和の時代及び80年代までの風潮だったんだと思う
そう考えると80年代以前はあらゆる面で「ガバガバ」の時代だったんだと思う
ガバガバユルユルの誰でもOK淫乱ズッコンバッコンな時代だったってことだ
もう「ALWAYS」な古き良き昭和の時代は終わっちまったってことだ
思えばバブルがピークを迎えたのも1989年でそこから一気に暴落に向かった
やっぱり時代とリンクしてるのかね
右肩上がりだった時代の終焉がまさに1989年と言えるわけだから
時代が下り坂になると人間の心も暗くなる
甦った人間の心
そういえばプロ野球選手名鑑の個人情報モロ出し状態が終わったのも1989年だった気がする
こんなに都合よく80年代の終わりと共にピタリと時代や風潮が切り替わるのも不自然な気がするが・・・
ただ80年代の終わりは昭和の終わりともほぼ被っているから時代の転換期でもあったんだろう
とにかくあらゆることが80年代を最後に変換しているから
防犯・セキュリティ意識の高まりは治安の上では良いことなんだろう
でも良い面だけでもないのかもしれない
日本人の心に大きな「壁」ができた気もする
訪問営業の話に戻ると「門」を開いてもらうまでが大変な上に開いてもらってからも大変らしい
何を言っても「詐欺」と機械的に判断され今度は「心の門」を開いてもらえないらしい
事実そいつの商材は決して詐欺的なものではないが今の日本人は「知っている」ものしか信用しないらしい
近年じゃ転んだ子供(女児)に「大丈夫?」と声をかけたらその親に通報されてしまうこともあるらしい
このオレ自身もたまたま同じ方向歩いてただけなのに前を歩く女性に露骨に警戒されたことが何回かある
この経験は男性だと大抵経験してるんじゃないだろうか?
アンタも夜道を歩いていて前を歩く女性に警戒されりしたことある男だよな?
男の中の男だよな
お前は男だ!
近年の漫画家先生にコミュ障が増えたのもそのような風潮と無関係じゃないだろう
選手名鑑に住所や家族構成をモロ出しして玄関は常に開放状態だった時代は常に誰とでも話す社交性があった
今じゃちょっと道を尋ねようと声をかけただけで相手が若い女性や子供だったら通報か防犯ブザー状態だ
思えばネメシス戦前夜に有馬山中を逃げ回っていたキン肉マンのように風呂敷包みを背負って手拭いで頬っ被りするスタイルの昔の泥棒(空き巣)スタイルは犯罪者には変わりないがなぜか今となっては憎めないような妙な哀愁というか郷愁を感じることもないことはない
リアルにそんな泥棒なんてみたことないけど、今でも「サザエさん」などで登場するその手の泥棒はどこかコミカルで悪人だけどどこか憎めない・・・まるでルパン三世のような・・・フランスのルピーンのような妙な好感を感じてしまうものである
そんなあれやこれやを考えると昭和の時代はそれだけ人の心に余裕があったんだと思う
所得倍増計画に高度成長期・東京オリンピックにバブル時代と常に右肩上がりな時代だった
「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ~」なんて歌っていても叩かれない風潮があった
今そんなこと言ったら即炎上だろう
特にネット上はリアル以上にピリピリしている
常に何かに怒ってるような印象さえある
そんなギスギスした息苦しい今から思えば昭和は幸せな時代だったのかもしれない
ネットもゲームもケータイもなかったけどそれでも楽しい時代だったし心に余裕もあったのでは
だから玄関も夜間の窓も常に開け放っていた
誰かが来れば必ず応対したし電話だって鳴れば必ず出て話を聞いた
居留守も電話のガチャ切りもあまりなかった時代なんだろう
そんな時代に育った漫画家先生たちだからこそ顔出しも年末の一泊忘年会旅行も楽しめたんだろう
もちろんその世代の先生方が皆社交性に溢れて人見知りを全くしない方ばかりとは言わない
中井先生や鳥山明先生や漫画太郎先生などどう見ても積極的に人前に露出するタイプではない方もいるし
それでも相対的に見れば明らかにその頃の先生方は対人スキルも強かったんだと思う
幼少期の環境は成人後の性格に加えて創作する作品のイマジネーションにも関わるとも以前この糞ブログで触れたと思う
テレビもゲームもスマホもないという幼少期の娯楽環境が乏しさ逆に「どうやって遊ぶか」を考える豊かなイマジネーションの土台を育み、
そして常に心がオープンの社交性に満ちた時代に生きたことも作品のキャラクターの性格に反映されるだろう
人間の人格はつくづく育った時代と環境によって変わってしまうと考えさせられるものだ
また話が大きく逸れちまったな
まー今回の更新は本編じゃないし真面目に語るほどの内容でもないからいいだろう
キン肉マンVSネメシスの闘いは前回の更新から次回更新まで3週間も開くことになったんだ
ネメシスドライバーの体勢に入ったまま3週間もそのまま空中でストップしてるんだから(笑)
また再開後キン肉マンの体が硬直化して動かなくなってたりして
寧ろネメシスの方がヤバいかな
それはともかく中井先生との対談を読んでいて秋本先生はキン肉マンが結構お好きなような印象も受けた
結構キン肉マン読んでるんだなぁと
キン肉マンが一連のジャンプバトル系漫画のアニメ化・メディアミックス化のきっかけになったと称賛してた
アニメ化・映画化・ゲーム化・グッズ化(キン消し・フィギュア・オモチャ等)・・・全て大成功したキン肉マン
1980年代に高額納税者番付の漫画家部門でゆでたまご先生が1位だったことも納得である
おそらく1980年代では最もヒットした漫画がこのキン肉マンじゃないだろうか
ドラゴンボールは半分が1990年代であり人気の本格化はそこからであることを考えるとね
そういや高額納税者番付ももう公開されなくなったよね
前置きがすさまじく長くなったが作品の内容はと言うと・・・
まず亀有駅前でキン肉マンが迷子になって泣きじゃくっている
なんで泣くんだよ(笑)
しかもなぜか悪魔超人編・悪魔騎士編で登場した波平ヘアーのロボットみたいなヤブ医者もなぜか駅前にいる
そして迷子になってぺろぺろキャンディを片手に泣いているキン肉マンを麗子が連れてきた
そういやこのぺろぺろキャンディって最近全然見ないしそもそもこのオレはこれを舐めたことがない・・・
麗子も生まれた時からセレブだからこの手のキャンディーは舐めたことがないだろう
舐めてみたいのかな・・・?
そんなに舐めたいなら「違うモノ」舐めさせてあげてもいいんだけど・・・
麗子にナニを舐めさせるのかはともかくキン肉マンは葛飾区に悪行超人大挙襲来の情報をキャッチして、他の正義超人たちに連絡して現地集合の待ち合わせになり、その待ち合わせ場所を忘れちまって迷子になったとのこと
すると既に亀有公園前派出所にテリーマンが来ていてパイプ椅子に座って迷子になったキン肉マンを「正義超人の面汚し」だとかつてウォーズマンがマンリキ戦で観客に言われたキツい言葉を投げかける
しかしテリーマンもサザエさんみたいに財布を忘れたままテキサス風ステーキハウスに入りTボーンステーキをカッ食らって無銭飲食で連行されていて、キン肉マンも「お前こそ正義超人の風上にも置けない」と反論
アツくなった2人は狭い派出所内で大乱闘をおっ始める
キン肉マンが今回登場しないブロッケンjr.を思ってかベルリンの赤い雨を叩き込む
しかしテリーマンも返す刀でテキサス・クローバーホールドをガッチリとキメる
そんな2人の乱闘を両さんがライオットシールドでブン殴ってやめさせる
すると中川が「パンツ一丁で神社の石灯篭を破壊していた人物」を器物破損と公然わいせつ罪で連行してきた
その人物とはなんとバッファローマンだった
バッファローマンはいつ悪行超人と闘ってもいいように石灯篭でウエイトトレーニングをしていたと釈明
しかしキン肉マンとテリーマンは「お前は正義超人の恥さらしだ」とこって牛に頭突きを叩き込む
派出所の外のガードレールまでフッ飛ばされるこって牛
そもそもコイツはいつもキン肉マンと敵対する立ち位置だから「正義超人感」が全くない(笑)
結局3人も派出所で留置されることになっちまった
両さんは「正義超人は軽率でそそっかしくドジなヤツばっかりのようだな」と正義超人達をコケにする
するとテキサスブロンコ・テリーマンが「正義超人には冷静沈着なコンピューター男もいる」と反論する
キン肉マンもその「ファイティングコンピューター」のことがすぐに頭に浮かび激しく同調する
しかし今度は部長と寺井がそのファイティングコンピューターことウォーズマンを連行してきた
身長210㎝の巨体で全身黒ずくめでベアークローを剥きだし(ネイキッド)にしてコーホー言いながら商店街を徘徊していたらそりゃ通報されるわ
ウォーズマンはパトロールをしているつもりだったらしい
しかしそれを聞き入れずキン肉マンは首四の字、バッファローマンはキーロック、テリーマンは足四の字を一斉にかけてウォーズマンを痛めつける
いやここ首四の字はかつてアシュラマンをギブアップ寸前に追い込んだテリーマンにやらせなきゃダメでしょ
いよいよ派出所の中には4人の正義超人が留置状態に
ちょこんと体育座りしているこって牛とウォーズメンが可愛い(笑)
「もうちょっとまともな正義超人はいねぇのか?」と問う始末書の両さん
すると4人全員がある超人のことを思いつく
品があって礼儀正しく、弱気に優しく悪には滅法強い、皆が尊敬しているキング・オブ・正義超人・・・
その名はもちろん英国紳士・狂乱の貴公子ことロビンマスクだ
ロビンマスクとこち亀といえば1つ大きな共通点があるっちゃある
ロビンマスクの得意技と言えばなんと言ってもタワーブリッジだ
しかしこち亀にも「タワーブリッジ」を取り扱ったストーリーがあったのである
有名な人気ストーリーの1つである「勝鬨橋ひらけ」の回である
勝鬨橋も昔はロンドンのタワー・ブリッジのように跳開橋だったというストーリーだ
つまり勝鬨橋は「日本のタワーブリッジ」と呼ぶこともできなくもなく・・・もないのである
しかしその時「あの~落とし物したんですけど・・・」と何者かが派出所にやって来る
頭部のツノだけが見えている・・・
言うまでもなくその人物はそのキング・オブ・正義超人ことロビンマスク
大切な鎧(ヒストリーアーマー)を落としてしまったが届けられてないかとノコノコとやって来たのである
上半身は裸で恥ずかしいから両手で胸に手を当てて隠してロビンファンは見たくない情けない姿で登場だ(笑)
たまりません
両さんが「何が悪行超人襲来に備えてのパトロールだ!悪行超人はお前らの方だろ!迷惑防止条例違反で全員逮捕だー!」と激怒して派出所のメンバーが一斉にアイドル超人たちに攻撃を仕掛ける
狭い派出所内で所狭しと大乱闘バトルロイヤルのゴングが鳴った!
今日の勝負は並じゃないぜ?
まずは麗子がウォーズマンにガッチリとギッチンギッチンとパロ・スペシャルをキメる
麗子の生足がウォーズマンの太ももにしっかりと絡みつきこれは逆に気持ちよかったりするのでは?
まして麗子の生足に挟まれてロビン・スペシャルなんてされた日にゃ・・・
いろんな意味で「昇天」することは確実だろう
そのまま首をヘシ折られても悔いはない
あとは麗子に強烈にベアハッグで締め付けられて背骨をベキバキとヘシ折られるのも悪くない
続いて部長がバッファローマンを綺麗に決めたチョークスリーパーで絞め上げる
なんならそのまま胴締めスリーパーに移行できそうな体勢だ
バッファローマンは白目になり落ちる寸前・・・って元々白目かコイツは
次は中川がテキサス・ブロンコことテキサス・ハリケーンことテキサスの化石ことザ・テリーマンを攻める
テリーマンの得意技であるスピニング・トーホールドをガッチリとキメている
今にも回転しそうな躍動感に溢れていてカッコいい
金髪・イケメン・白人(?)同士ということでテリーと中川の組み合わせはベストマッチだろう
そして「メインイベント」はキン肉マンVS両津勘吉だ
地獄卍固めの使い手であるキン肉マンに対して卍固めを完璧に決めてギッチンギッチンと締めつけている
この両さん描いてるのは秋本先生だろうけど実に綺麗な卍固めだなぁ
ロビンと寺井の絡みはなし
1コマにこれ以上入りきらないのと寺井の地味さで除外されたか
頭をかいているロビンだけちょこっと描かれてるけど寺井は姿すら描かれない(笑)
寺井がロビンにタワーブリッジでもしてる様を描ければ尚良かったかもしれないが・・・
しかもそれがタワーブリッジ・ネイキッドだったらもっとウケた(笑)
実際ロビンも上半身を剥き出し(ネイキッド)状態で公然わいせつ罪確定だし
でもこのコマってどうやって描いてんだろ
まず中井先生と秋本先生(さらには嶋田先生も?)が同じ部屋で一緒に描いてるのかどうかもわからないし・・・
同じ部屋で一緒に描いているのかどうかの謎はそれはコラボした他の先生方皆に言えるけど
ましてやこのキン肉マンに関してはこのシーンのように技をかける(密着)があるからさ
密着してるとそれぞれの持ちキャラを分けて描けないからどちらかがまとめて描くしかないんじゃないんでは?
そうなるとやっぱりプロレス技を描きなれている中井先生が描いてその横で嶋田先生と秋本先生は酒飲んで昔話に花を咲かせてたとか?
でもタッチを見るとどちらもそれぞれ両先生オリジナルのタッチだよな・・・
このキン肉マンも秋本先生が描いているとは思えないしこの両さんも中井先生が描いているとは思えない
しかし卍固めなんてめちゃくちゃに絡みつくように入り組んで密着する技だ
分けて描くなんてできないだろうに
他の先生との合作コラボもそうだけどどうやって描いているのかすごく興味ある
一緒に酒飲んで昔話で盛り上がりながら楽しく描いてたりしたらいい話だなーって思うけど
読んでて思ったけどこのストーリーは時系列的に2006年じゃなくて超人タッグ編の前じゃないかなと思った
キン肉マンやテリーマンのコスチュームが超人タッグ編のものだから
両さんがキン肉マンを正義超人と知って驚いているコマで描かれている背景もそれっぽい
シルエット状態の正義超人の前に倒れているのが悪魔将軍、アシュラマン、ザ・ニンジャ、魔雲天だから
そう考えるとその時点ではまだモンゴルマンとして活動していたラーメンマンが登場しないのもわかる
そしてジェロニモも植物状態で登場できない
ブロッケンjr.とウルフマンが登場しないのはなぜかということになるが・・・
あの2人は既にデキてたから、リヒテンシュタインあたりにお忍びで一泊の慰安旅行でもしてたんだろう
黄金のマスク編でブロッケンはニンジャに散々いたぶられ、ウルフマンに関しちゃ死ぬハメになったんだし
どうせ翌朝ホテルをチェックアウトする際に支配人に「ゆうべはおたのしみでしたね」とか言われたんだろ?
それで恥ずかしくなってそんなこと言ってきた支配人をベルリンの赤い雨で真っ二つにしてさ
ただでさえドイツ人と角界はそっち系が多いって言うし・・・
ちなみに正義超人シルエット状態ではブロッケンは描かれているがウルフマンはここでも描かれてない(笑)
つくづくゆでたまご先生に愛されていないなぁウルフマンは
ある意味これがホントのシルエット・ロマンスって感じ?
ホモ・ロマンスはともかくキャラをたくさん登場させすぎたら描くのも大変になるという事情もあるんだろう
そしてブロッケンは普通に描くのがめんどくさいというのもあるだろうね
中井先生は描くのがめんどくさいキャラはあまり好まない傾向があるし普通にそれは公言してるから
アシュラマンも腕の本数が多いからかなりめんどくさいみたいだし
常に軍服来ているブロッケンもやっぱり書くのは他のキャラに比べていろいろ手間があるだろう
ブラックホールやペンタゴンが良い扱いを受けてるのは人気もそうだが描きやすいという側面も絶対ある(笑)
あ~でもペンタゴンは顔とボディは楽でも羽根があるからなんとも言えないか
それと両さんが迷子になったキンに「ケータイは持ってないのか?」と聞いているから時代ももっと後か
80年代は庶民にケータイ電話はまだ普及してなかったからね
1996年くらいからかな普及し始めたのは
大体ネットの普及とケータイの普及はリンクしてるよね
ネットも前年の1995年にWINDOWSがリリースされて日本のネット時代の幕開けとなった
でもキン肉マンが仲間の正義超人に連絡とるのは黒電話使ってるんだよなぁ
でも黒電話って今でも普通に使えるからね
田舎ではまだ使ってる家庭は結構あるし
あの「リーン」って呼び出し音もある意味郷愁だわな
近年の若者は「ミニモニテレフォンだリンリンリン」と言っても「リンリンリン」の意味がわからないだろう
あと「ダイヤルを回す」とか言っても何を回すのかちょっと何言ってるかわからないサンドウィッチマン富澤状態だろう
とりあえず、秋本治先生40年間連載おつかれさまでした
連載開始の1976年(昭和51年)と言えばこのオレの産まれた年だもんな
このオレももうすぐ40歳になるわけで
勃ってきた・・・